厚労省「残業45時間一律指導」見直しへ 展示会・イベント業界に問われる「柔軟化」の使い方
- 2026/8/20
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残業「45時間一律指導」見直しへ 展示会・イベント業界に問われる「柔軟化」の使い方
厚生労働省は8月19日、時間外労働(残業)をめぐる労働基準監督署の指導方針を9月から見直すと発表した。これまでは労使協定(三六協定)に特別条項を結び、月100時間未満まで残業が可能な事業所であっても、労基署は月45時間以内に抑えるよう一律で指導してきた。この運用を改め、企業ごとの健康確保措置の実施状況に応じて必要な対応を取る方針に転換する。
展示会・イベント業界は、開催直前から会期中、撤去期にかけて業務が集中する典型的な「山谷型」の労働構造を持つ業種だ。今回の見直しは、この業界の働き方にどう影響するのか。制度の背景から具体的な業種への影響、そして事業者が今後取るべき対応まで、掘り下げて考える。
そもそも三六協定と特別条項はどういう仕組みか
労働基準法が定める労働時間の上限は1日8時間、週40時間である。これを超えて働かせるには、労使が「三六協定」と呼ばれる時間外労働に関する協定を結ぶ必要がある。三六協定を結べば月45時間、年360時間まで残業が可能になるが、これはあくまで原則の上限だ。
繁忙期など臨時的な特別の事情がある場合に限り、労使は「特別条項」付きの三六協定を締結できる。特別条項を結ぶと、上限は月100時間未満(休日労働を含む)、年720時間まで拡大される。ただし、月45時間を超えられるのは年6回までという回数制限があり、あくまで「臨時的」な措置という位置づけは崩れていない。
展示会・イベント業界の多くの事業者は、この特別条項付き協定を結んでいる。開催が集中する時期には準備・運営・撤去の各工程で人手と時間が一気に必要になるため、通常の45時間上限では業務が回らないという実態があるからだ。
これまでの「一律45時間指導」が招いてきたもの
問題は、この特別条項を結んでいる事業所に対しても、労基署が45時間を超える残業をなくすよう一律で指導してきた点にある。厚労省によれば、これは過重労働と健康障害の関連性が強まることを踏まえ、指導の実施要領などに定められていた運用だという。
つまり制度上は月100時間未満まで残業できる協定を結んでいても、労基署の窓口では「45時間以内に収めるように」という指導が事実上のデフォルトになっていた。展示会主催者、装飾・施工会社、警備会社、運営スタッフ派遣会社など、開催時期に業務が集中せざるを得ない業種にとっては、協定上の余地と現場の実態、そして労基署の指導との間に食い違いが生じやすい構造だったといえる。
経営側からは、この一律指導について「画一的」であり、繁忙期の実態に即していないとの声が上がっていたという。特に展示会業界のように年間スケジュールの中で繁忙期がはっきりと予測できる業種では、「その時期だけ協定の上限近くまで柔軟に対応したい」というニーズと、「一律に45時間で抑えられる」という現場指導との間にギャップが存在していた。
厚労省が示した見直しの中身
今回の見直しは、厚労省が8月19日付で公表した報道発表資料「時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します」に基づく。1次ソースは厚労省サイトに掲載されている(末尾に記載)。この資料によれば、見直しの背景には政府が7月21日に閣議決定した「日本成長戦略」と「経済財政運営と改革の基本方針2026(骨太の方針)」がある。両方針には、三六協定の締結や柔軟な労働時間制度の活用について相談支援を充実させることに加え、「労働基準監督署において、重大・悪質な事案に対しては厳正に対応しつつ、労働時間や労働者の健康確保措置に関する労使の合意にのっとった指導が行われるよう速やかに見直す」との方針が明記されていた。
これを踏まえ、厚労省は9月1日から次の2つの取り組みを行うとしている。
1. 三六協定の締結等に関する相談・支援の充実
全国の「働き方改革推進支援センター」に、三六協定や特別条項の締結、柔軟な労働時間制度の活用を支援する「専門相談窓口」を新設する。また、働き方改革推進支援センターと労基署の「労働時間相談・支援班」がチームを組み、三六協定や特別条項の締結について、企業側から相談を待つのではなく出向いて支援する「アウトリーチ型」の訪問支援を行う。さらに、よろず支援拠点や商工会議所などとの連携を強化し、労務相談だけでなく経営課題全般の相談にも対応できる体制を構築するという。
2. 労働基準監督署における対応の見直し
これまで労基署は、時間外・休日労働時間数のみに着目し、月45時間以内への削減を一律に求める指導を行ってきた。これを見直し、各事業場が三六協定で定める「健康及び福祉を確保するための措置」の実施状況を重点的に確認したうえで、その状況に応じた必要な指導を行う運用に改める。ただし、個々の事業場の実態を踏まえ、過重労働による健康障害が生じるおそれが高い場合には、引き続き必要な指導を行うとしている。
つまり今回の見直しは、単に「45時間ルールをなくす」という緩和策ではなく、①三六協定・特別条項の適正な締結を後押しする相談支援の強化と、②労基署の指導基準を「時間数」から「健康確保措置の実施状況」に切り替える運用転換の2本柱で構成されている点に注意したい。
なお日本経済新聞の報道によれば、厚労省が2024年に実施した調査では、三六協定を締結している事業所は49.7%にとどまり、締結済みの事業所のうち3割は特別条項を結んでいなかったという。今回の相談・支援の充実策は、こうした未締結・未整備の事業所に対して協定そのものの適正化を促す狙いもうかがえる。
見直し後に労基署が見るのは「時間」ではなく「仕組み」
今回の見直しで労基署が重点的に確認するようになるのは、各事業所の健康確保措置の実施状況である。具体的には、産業医面談の実施、代休の付与、勤務間インターバルの確保といった仕組みが整っているかどうかが、これまで以上に問われることになる。
これは、単に残業時間の数字を減らせば済んでいた時代から、繁忙期の残業を許容する代わりに健康を守る仕組みを備えているかが焦点となる時代への転換を意味する。厚労省側は、健康確保措置の実施状況を重点的に確認し、違法な長時間労働の恐れがある場合は厳しく対応する方針も同時に示しており、「緩和イコール野放し」ではないことを強調している。
業種別に見る影響のグラデーション
この見直しが業界内でどう受け止められるかは、事業者の規模や職種によってかなり温度差が出そうだ。
展示会主催者・運営会社は、健康確保措置の制度化が進んでいる企業も多く、産業医契約や勤怠管理システムを既に持っている企業であれば、今回の見直しは繁忙期の人員繰りの選択肢を広げる追い風として働きやすい。
装飾・施工会社は、設営・搬入・撤去という物理的な作業が集中する工程を抱えており、現場作業員の残業実態が特に大きい領域だ。中小規模の施工会社では健康確保措置が体系化されていないケースもまだあり、今回の見直しをきっかけに仕組みを整備する必要に迫られる可能性がある。
警備会社も同様に、会期中の交代制勤務やシフトの組み方が繁忙期に集中しやすい業種であり、新人教育やシフト管理と健康確保措置をどう両立させるかが実務上の課題になる。
運営スタッフ派遣・アルバイトスタッフについては、雇用形態が多様であるため、三六協定や特別条項の適用範囲そのものが事業所によって異なる点にも注意が必要だ。
健康確保措置の整備という「宿題」
見直しによって指導が緩和される代わりに、事業者側には健康確保措置の整備という新たな宿題が課される。産業医面接の体制、代休取得のルール化、勤務間インターバルの確保といった項目は、これまで「できればやる」程度の位置づけだった事業者も多いはずだ。
今後は、こうした仕組みが整っているかどうかが、繁忙期に協定の上限近くまで柔軟に残業を活用できるかどうかを左右する分岐点になる。展示会関連の中小事業者にとっては、見直しが「残業がしやすくなった」という単純な追い風ではなく、健康確保措置の整備という新たな投資判断を迫るものでもある点は、留意しておきたいポイントだ。
労働組合側の懸念とのバランス
一方で、見直しに対しては労働組合側から長時間労働を助長しかねないとの懸念も出ている。一律指導を緩めることが、健康確保の実質的な後退につながるのではないかという指摘だ。
展示会・イベント業界はこれまでも長時間労働の是正が課題とされてきた分野であり、今回の見直しを「残業がしやすくなった」と単純に受け取ることは避けたい。厚労省が示す方針はあくまで、健康確保措置とセットでの柔軟化である。指導の緩和と健康確保の強化は、コインの表裏の関係にあるという理解が、業界内で共有される必要がある。
展望 繁忙期を前提とした働き方の再設計へ
展示会業界は年間の開催スケジュールがある程度予測可能な業種だ。だからこそ、繁忙期の残業運用を場当たり的に処理するのではなく、あらかじめ健康確保措置を制度として組み込んだ「繁忙期モデル」を設計できる余地が大きい。
今回の見直しは、9月からの運用開始とはいえ、法律そのものが変わったわけではない。あくまで労基署の指導のあり方が変わるという運用レベルの話であり、三六協定・特別条項の枠組みや年6回までという回数制限は従来通りだ。その意味で、事業者側が過度に楽観視したり、逆に萎縮したりする必要もない。
大切なのは、繁忙期の残業運用に選択肢が広がる分、産業医面接や代休取得の仕組みを事前に整えているかどうかが、事業者の対応力を分ける分岐点になるという点だ。展示会・イベント業界として、この見直しを「働き方の柔軟化」と「健康確保の仕組み化」を同時に進める契機として捉えたい。
情報ソース 厚生労働省 報道発表資料「時間外労働等に係る相談・支援及び監督指導を見直します」(令和8年8月19日) https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_75454.html













