東京ビッグサイト会議棟

東京国際見本市会場

東京湾岸の有明に、上下逆さになったピラミッドのような姿で建つ会議棟——東京ビッグサイトを一度でも訪れたことがある人なら、あの独特のシルエットを忘れることはないだろう。正式名称は東京国際展示場。1996年の開業以来、日本最大のコンベンション施設として、年間およそ300件もの展示会・見本市・国際会議を受け入れてきた。

コミックマーケットの会場として、あるいは東京モーターショー(現・Japan Mobility Show)の会場として、展示会業界に縁のない人でも名前を聞いたことがあるはずだ。本稿では、この東京ビッグサイトという場所そのものに焦点を当て、その歴史・建築・各展示棟の特徴を紹介する。現在開催中・開催予定の展示会を調べたい場合は、東京ビッグサイトの展示会スケジュール一覧を参照してほしい。

晴海からの移転、そして「まさかの前倒し開業」青島幸雄知事の都市博中止

東京ビッグサイトが開業する以前、東京の展示会場としての役割を担っていたのは、中央区晴海にあった「東京国際見本市会場」だった。1959年に完成したこの会場は、東京モーターショーをはじめとする数々の見本市を受け入れ、37年にわたって日本の展示会文化を支えてきた。しかし1980年代後半以降、施設の老朽化に加えて、展示会需要そのものが会場のキャパシティを上回るようになっていく。

この「入りきらなくなった」状況を具体的に物語るのが、晴海会場で開催されていたコミックマーケットの記録だ。1984年の開催時点では、参加サークル数2,400・来場者数約3万人という規模だったが、わずか2年後の1986年には、参加サークル数10,000・来場者数10万人にまで急拡大している。会場側は当初、東京国際貿易センターの複数の建物(東館・西館・新館)を組み合わせて対応していたが、それでも需要に追いつかず、1986年冬の開催では、ついに晴海会場そのものを確保できず、東京流通センターへ会場を変更せざるを得ない事態にまで発展した。コミックマーケットに限らず、こうした急速な規模拡大が、業界全体で常態化していたと考えられる。

こうした狭隘化と老朽化という2つの課題を解決するため、東京都は臨海副都心構想の一環として、有明に新たな国際展示場を建設する計画を進めることになった。

この開業には、あまり知られていない経緯があったとされる。当時の関係者による回顧録によれば、もともと東京ビッグサイトは、1996年に予定されていた「世界都市博覧会」の会場の一つとして、博覧会終了後の同年11月に、日本国際工作機械見本市(JIMTOF)を「こけら落とし」として正式開業する計画だったという。1995年4月の都知事選で青島幸男氏が初当選し、選挙公約通り同年5月31日に臨海副都心での世界都市博覧会の中止を正式発表し、状況は一変する。展示会業界は既に晴海会場での開催予定を組んでいたため、開業を遅らせれば業界全体に混乱が広がる。そこで東京都は一転、開業を当初予定より半年以上前倒しし、1996年4月1日とする決断を下した、と伝えられている。

この前倒しに伴い、晴海会場の完全閉鎖と新会場の貸出料金の決定を、同時に、しかも短期間で決着させる必要に迫られたという。当時の企画事務を担当していたという人物の回顧談では、業界団体の代表が「展示会のポスターは今まさに印刷機にかかっている、晴海と有明のどちらを刷るか、この場で決めてほしい」と迫る一幕があり、最終的に貸出料金は平米あたり380円で決着、この一報を受けた主催者たちが一斉に公衆電話に駆け込んだ、という逸話が語り継がれている。ただし、この経緯は個人の回顧録に基づくものであり、公式な記録による裏付けは取れていない。

竣工式典は1995年11月27日に行われ、当時の青島幸男東京都知事が式辞を述べたとされる。なお、フジテレビの人気ドラマ「踊る大捜査線」の主人公の名字「青島」は、この知事の名にちなんだものだという説もあるが、これも俗説の域を出ない。正式開業前の3月には、ゲーム「サクラ大戦」の生みの親として知られる広井王子氏がプロデュースするテストイベントも開催されたと伝えられており、真新しい会場の運営に習熟する期間が設けられていたようだ。

こうして開業した東京ビッグサイトは、順調に稼働率を伸ばし、2007年度には累計来場者数が1億人を突破。2015年度には年間来場者数1,605万人という、開業以来最多の記録を打ち立てている。1996年の開業時からコミックマーケットの開催地となったことをきっかけに、首都圏の大規模な同人誌即売会の多くが、この地に集まるようになった。

開業からわずか1年後の1997年10月、日本郵政省(当時)は「ふるさと切手」の意匠として、東京ビッグサイトを東京国際フォーラム・レインボーブリッジ・江戸東京博物館・テレコムセンターと並ぶ、東京を代表する建造物の一つに選んでいる。竣工から日が浅いにもかかわらず、これほど早く東京の新しいランドマークとして認知されていたことがうかがえる。

展示面積についても、開業後に段階的な拡張が続けられてきた。東京ビッグサイト自身が発行する年次報告書によれば、2017年度末の時点で展示面積は9万6千平方メートル・12ホールにまで拡大しており、その後2019年の南展示棟完成によって、現在の11万5千平方メートル規模に達している。

「東京ビッグサイト」が愛称になった理由

「東京ビッグサイト」という愛称の由来については、当時の選考担当者だったという人物が経緯が記している。それによれば、1993年頃、運営主体だった見本市協会は、この巨大な展示場にふさわしい愛称を一般公募で決めることにした。当初のプレスリリースだけでは応募が1,000件にも満たず苦戦したが、懸賞情報誌に掲載されたことをきっかけに応募が殺到し、最終的な応募総数は6,432件に達したという。

同じ回顧録によれば、応募数が最も多かったのは「東京メッセ」という名称だったが、当時すでに晴海に「東京国際見本市会場」があったことなどから、この案は採用されなかったとされる。数百件に絞り込まれた候補の中から、商標調査もクリアして最終的に選ばれたのは、神奈川県逗子市在住の主婦が応募した「彩都」または「祭都」(サイトと読む)という案だったという。世界都市博覧会の会場という当初のコンセプトに、「祭りの都」という意味が重なる点が評価されたとされ、ここに「東京」と「ビッグ」を組み合わせ、「東京ビッグサイト」という愛称が誕生した、と伝えられている。

英語表記が「TOKYO BIG SIGHT」となっているのも、意図的な選択だったという。展示場を意味する単語としては本来「site」が正しいが、「大勢の人が見に来る、壮大な見ものである」という意味を込めて、あえて「SIGHT」の綴りが採用されたとされる。この選択には、語学に堪能な職員から異議も出たというが、固有名詞として押し切られたとのことだ。また、この愛称選考と並行して制作されていた展示場のシンボルマーク(赤・青・緑の丸い玉が跳ねるデザイン)は、愛称と同時に使われることを作者が嫌ったため表舞台から姿を消した、という話も残っている。館内に今もある赤・青・緑の丸い玉のオブジェは、その名残だと言われている。なお、以上の愛称選考にまつわる経緯は、いずれも個人の回顧録が情報源であり、公式な記録による裏付けは取れていない。

「天空の城」になりそこねた、と言われる会議棟

東京ビッグサイトの設計者は、1989年に実施された指名プロポーザル方式のコンペによって決定された。入札のように価格だけで決める方式ではなく、複数の設計事務所に構想案を出させ、その内容で選定する方式だ。この時選ばれたのが佐藤総合計画で、施工は間組JV(会議棟・東展示棟・西展示棟)が担当。1995年10月に竣工した。敷地面積は約26万6千平方メートル、延床面積は約31万7千平方メートルという大規模なプロジェクトで、東新展示棟・南展示棟を除く竣工開業時点の総工費は、用地費を除いても1,985億円に達したとされる。

この会議棟について、当時の関係者による回顧録では、当初の設計案は現在よりもはるかに高い、地上100メートル近くに達する塔として構想されていた、と紹介されている。当時の設計案は「空中都市」をイメージしたもので、その執筆者は、当時大ヒットしていたスタジオジブリ映画「天空の城ラピュタ」からの影響があったのではないかと推測を述べている(あくまで執筆者個人の見立てであり、設計者自身の言葉としての裏付けはない)。

同じ回顧録によれば、この高さは現場サイドの意見によって、現在の58メートルまで引き下げられることになったという。執筆者自身は「引き下げた理由を公式に聞いたことはない」としながらも、1,000人規模の国際会議場を擁する以上、会議終了後に来場者が一斉に降りようとする際の輸送能力の問題ではないかと推測している。

建築材料についても、同じ回顧録に、当時のバブル景気を反映した独自の解釈が記されている。それによれば、展示場の屋根は「波」、レセプションホールの屋根は「船」、ガレリアは「桟橋」をイメージしてデザインされたとされ、海に近い立地からくる塩害を防ぐため、錆びに強いアルミやステンレスが随所に用いられたという。会議棟の逆三角形の壁面に張られたチタンパネルについても、当時のチタンはゴルフクラブや眼鏡フレームに使われ始めたばかりの高級素材で、これだけの面積に使用するのは異例だったと紹介されている。その代償として、会議棟にはほとんど窓がないという結果になった、とも述べられている。なお、1,000人収容の国際会議場が、法規上「会議場」としての用途に限定されているという点についても、同じ回顧録が出典であり、他に確認できる情報源はない。

3つの展示棟が支える、国内最大級の展示面積

東京ビッグサイトの展示スペースは、東展示棟・西展示棟・南展示棟という、複数の棟に分かれて構成されている。総展示面積は115,420平方メートルに達し、これは国内最大の規模だ(ただし世界的に見ると、上位はすべて中国の施設が占めており、世界36番目、アジアでは14番目の規模にとどまる)。

東展示棟は、90メートル四方のホールが3つずつ、計6ホールがガレリアを挟んで向かい合う構造で、展示面積は51,380平方メートル。間仕切りを取り払って連結することもできる、東京ビッグサイトの中核をなすエリアだ。この90メートル四方という規格化されたユニットの組み合わせによって、複雑な全体形状にもかかわらず、短期間での設計が可能になったとも言われている。2016年には、道路を挟んで隣接する形で東新展示棟(東7・8ホール、14,760平方メートル)が新設された。

西展示棟は、1階と4階にそれぞれ2ホールずつを備え、1階のホールはアトリウムを取り囲むL字型の構造になっている(展示面積29,280平方メートル)。南展示棟は、西展示棟の南側にあった屋外展示場の跡地に、2019年7月に開業した比較的新しい棟だ(展示面積20,000平方メートル)。会議棟と直結しており、7階建ての立体駐車場も併設されている。

会場全体の規模が大きいだけに、開催される展示会によって使用される棟・ホールは異なる。どの展示会がどの棟で開催されているかは、展示会スケジュール一覧で確認できる。

巨大なノコギリ、石と鉄板と水と光のオブジェ 敷地に点在するアートワーク

 

東京ビッグサイトのもう一つの見どころが、敷地内に点在する7点の現代アート作品だ。中でも最も目を引くのが、会議棟のメインエントランス付近にある、大地を切っているかのような巨大なのこぎりのオブジェ「Saw, Sawing(切っている鋸)」だ。アメリカの彫刻家クレス・オルデンバーグと、コーシャ・ヴァン・ブリュッヘンによる作品で、東京都では建設費の一部をアート作品にあてる制度があり、その一環として設置された。「様々なモノを作る道具が展示される場所」というコンセプトを伝えたところ、西洋式ののこぎりというモチーフになったという。

このほか、会議棟1階レストラン前の「項(Relatum)」(李禹煥・作)、レセプションホールの壁画「Floating World」(マイケル・クレイグ=マーティン・作)、会議棟7階ロビーの「マブキの時空」(斎藤義重・作)など、国内外の著名な作家による作品が、来場者の目に留まりにくい場所にもさりげなく配置されている。

危機管理から工作機械まで——東京ビッグサイト自身が主催する展示会

東京ビッグサイトは、単に会場を貸し出すだけの施設ではない。運営会社である株式会社東京ビッグサイト自身が、主催者として展示会を企画・運営しているケースもある。その代表例が、毎年秋に開催される「危機管理産業展(RISCON TOKYO)」だ。2005年の初回開催から、防災・減災、BCP・事業リスク対策、セキュリティという3分野を軸に発展を続け、2026年には過去最大の520社825小間規模に達している。同時開催される「テロ対策特殊装備展(SEECAT)」も、20周年という節目を迎えた。主催者である東京ビッグサイトの担当者への取材記事では、立ち上げの経緯や年々拡大する出展規模の背景を詳しく聞いている。

工作機械分野を代表する「JIMTOF(日本国際工作機械見本市)」も、東京ビッグサイトが主催する展示会の一つだ。前述の通り、実はJIMTOFは当初、1996年の開業を飾る「こけら落とし」イベントとして企画されていたという因縁もある。こちらについても、担当者への取材記事を近日公開予定なので、あわせて参考にしてほしい。

このほか、東京インターナショナル・ギフト・ショー、JAPAN IT WEEK、スマートエネルギーWEEK、日経メッセ、FOODEX JAPANなど、業界を代表する大型見本市の多くが、東京ビッグサイトを主要な開催地としている。世界最大級のアニメイベント「AnimeJapan」や、化粧品・美容の総合展「ビューティーワールドジャパン」、日本最大のペットイベント「インターペット」といった、幅広い分野の展示会が並ぶのも特徴だ。

コミックマーケットや、東方Projectの二次創作即売会として国内最大規模を誇る「博麗神社例大祭」のような、大規模な同人誌即売会の開催地としても知られる。かつて開催されていた東京モーターショーは、現在「Japan Mobility Show Bizweek」として幕張メッセでの開催に移行しているが、2011年には24年ぶりに東京都区部での開催が実現するなど、この地との縁は深い。開催中・開催予定の展示会の全体像は、東京ビッグサイトの展示会スケジュール一覧で確認できる。

展示会場を飛び出した、意外な顔

東京ビッグサイトは、展示会・見本市の会場としてだけでなく、様々な用途にも使われてきた。任天堂は、ニンテンドーDS、ニンテンドー3DS、Nintendo Switchといった主力製品の発表会・体験会を、繰り返しこの場所で開催している。日本テレビ系の「24時間テレビ」や大型音楽特番のメイン会場、プロボクシングの世界タイトルマッチの会場として使われたこともある。個人の回顧録には、開業直後にアトリウムでグループサウンズの人気バンド「ザ・ワイルド・ワンズ」がライブを行ったという逸話も紹介されているが、これも他の情報源では確認できていない。

2020年東京オリンピック・パラリンピックでは、当初レスリング・テコンドー・フェンシングなどの競技会場として使用される計画だったが、国際オリンピック委員会の判断により、これらの競技は幕張メッセで開催されることになった。代わって東京ビッグサイトは、大会期間中のメインプレスセンター(MPC)・国際放送センター(IBC)としての役割を担った。この間、展示会需要への影響を最小限にするため、臨時駐車場の敷地に仮設の東新展示棟が、青海地区には期間限定の仮設展示棟がそれぞれ建設されるなど、業界全体を巻き込んだ対応が取られた経緯もある。

大規模改修工事による、一部エリアの利用制限について

東京ビッグサイト東4~6ホール改修工事中につき、休館中

東京ビッグサイト東4~6ホール改修工事中につき、休館中

東京ビッグサイトでは、開業から一定の年数が経過したことを受け、施設の更新を目的とした大規模改修工事を段階的に進めてきた。2010年からの10ヶ年計画では、トイレ改修・増設やオストメイト設置、レセプションホールのカーペット更新、館内照明のLED化、中央監視装置の更新といった工事が第1次(2010〜2013年)・第2次と分けて実施されている。

そして現在、東京ビッグサイトでは新たな大規模改修工事が進行中だ。業界メディアの報道によれば、2026年に開催される「JIMTOF2026(第33回日本国際工作機械見本市)」は、この改修工事の影響により、東展示棟の4〜6ホール、全体面積の22パーセントにあたる約2万5,000平方メートルが使用できない状態での開催になるという。会場を主要な拠点としている主催者にとっては、レイアウトや小間数の調整を迫られる、実務上大きな影響のある工事と言える。

このように、東京ビッグサイトでは時期によって使用できるホールが限定される場合がある。出展・来場を予定している展示会がある場合は、開催時期の館内の利用状況について、東京ビッグサイト公式サイトの案内・お問い合わせページで最新情報を確認しておくことを強くおすすめする。

改修工事中の東4~6ホール 2階のようす

改修工事中の東4~6ホール 2階のようす

アクセス・館内サービスの詳細

ゆりかもめ「東京ビッグサイト」駅から徒歩約3分、りんかい線「国際展示場」駅から徒歩約7分で、いずれも徒歩圏内にある。羽田空港からはリムジンバスで約25分、東京駅からは直行バスで約40分ほどで到着する。両駅から会場までは屋根付きの歩道が整備されており、雨天時でも快適に移動できる。

会場内には棟ごとに飲食スペースが用意されている。会議棟には、1階に「フードコート&ビアー Eat iT!」、2階に「タリーズコーヒー」「プロント」、8階にはイタリアンレストラン「アルポルト」がある。1階のレストラン街には、「カフェテリアマーメイド」(洋食)、「うどんとおむすび大吉」(和食)、「スターバックス」、「日比谷マツモトロー」(洋食)が並ぶ。東展示棟2階には「東京ベイキッチン 東京ビッグサイト」(和食)、3階には「香港飲茶楼 ル・パルク」(中華・エスニック)がある。西展示棟には「カフェテラス ロイヤル」(2階)がある。南展示棟には、3階に「South Bento Stand」、4階に「FOOD SQUARE」がある。コンビニエンスストアは、会議棟2階にセブン-イレブンとローソン(エントランス店)、南展示棟2階にローソン(南棟店)がある。前述の通り、現在改修工事が進行中で、東展示棟の一部ホールが使用できない期間もあるため、営業時間や店舗構成は開催中の展示会・改修の進捗によって変動する。来場前に、展示会スケジュール一覧ページや公式サイトで最新情報を確認しておくとよい。

東京ビッグサイトレストランガイド

まとめ

東京ビッグサイトは、逆さピラミッドの会議棟という象徴的な建築と、複数の巨大な展示棟、そして敷地に点在するアートワークが一体となった、日本を代表するコンベンション施設だ。世界都市博覧会の中止という事態を経ての前倒し開業、幾多の候補から選ばれたと伝えられる愛称、当初の設計案から高さを引き下げられたとされる会議棟——語り継がれる逸話の数々を持ちながら、1996年の開業から今日まで、コミックマーケットから工作機械の国際見本市まで、性質の異なる無数の展示会・イベントを受け入れ続けてきた。その歴史の積み重ねそのものが、この場所の価値を物語っている。

現在開催中・開催予定の展示会については、東京ビッグサイトの展示会スケジュール一覧から検索できる。展示会という手法そのものの基本については展示会とはで、他の主要会場については展示会・イベントスケジュールのページから、それぞれ確認できる。

田中力 MICE 研究所 代表 展示会 イベント集客は、来場者数、来場者の質、滞留時間という 集客3D理論を展開。

田中力㈱MICE研究所 代表取締役/月刊イベントマーケティング副編集長

投稿者プロフィール

田中力 ㈱MICE 研究所 代表取締役 月刊イベントマーケティング副編集長。2015年の創刊以来、イベントマーケティング・展示会関連の取材・編集・企画にも関わる。海外の大学卒業後、貿易・物流・小売に関わり、バイヤーのサポートとして海外展に多数参加。2016年からは自社でイベント関係者向けのカンファレンスBACKSTAGEも主催。近年はイベント業界の人材課題を解決する就職フェアも実施。

この著者の最新の記事

関連記事

広告

エテルー新感覚エナジードリンク

エナジードリンク「Ehtel(エテル)」発売記念イベント「Ehtel -"Release" Party-」が渋谷ストリームホールで開催 

pr

イベント大学 by イベント学会

イベント大学 Powered by イベント学会   感動、喜び、発見、楽しみ。イベントには新たな時代を創る力がある。イベント学会最大のリソース=会員の知識・知恵の共有と活用、個人会員/賛助会員とも相互にもっと知り合う場を創出する

イベントの未来をつくる105人

イベントの未来をつくる105人 森ビル 虎ノ門ヒルズフォーラム   時代とともに進化していくイベント。 そのイベントの未来の形を考えながら、これから活躍する人々や技術を発掘し、イベントのつくり方などをサポート。5年後10年後の未来を探るコミュニティです。

次号 「AI xイベント」

132号特集: -AI xイベント
(2026年6月30日発行)

〜イベントの仕事はどう変わったか〜
・イベント担当者AI実態調査
・AI×BtoBマーケの現場
・AI×映像制作の現場

Like Us On Facebook

Facebook Pagelike Widget

イベマケYoutubeチャンネル

イベントマーケティングYoutubeチャンネル

2026-27年 編集計画(特集)

月刊イベントマーケティング 2026-27年編集計画(特集)

 

広告

カテゴリー

ページ上部へ戻る