“空気感”を伝える没入型映像 体験のディテール
- 2026/5/10
- シンユニティ
- #特集_空間に、イベントに、映像をインストールする, symunity-archive

特集:空間に、イベントに、映像をインストールする
商業施設の壁面など大きな LED が街を覆い、空間全体がディスプレイとなり、リアルとデジタルの境界が曖昧になりつつあるいま、映像は「見るもの」から「体験するもの」へと進化している。

映像が空間に入り込むとき、何が起きるのか。それは、単なる視覚的なインパクトではない。来場者の記憶に刻まれる体験であり、文化を次世代へ繋ぐ手段であり、人々の感情を動かす物語である。没入型の映像空間、子どもの成長に寄り添うコンテンツ、そして技術革新が生み出す新しい表現。映像は、イベントに行きたくなる理由を作り、体験の価値を高めている。
本特集では、映像が空間に、イベントに、インストールされることで生まれる新しい体験の価値を、制作者の視点から探る。映像はどのように人を動かし、どんな共感を生み出しているのか。その最前線を追う。
“空気感”を伝える没入型映像体験のディテールーーシムディレクト

9 月16日・17日、大阪・関西万博会場内で開催された「Back to EXPO’70」は、55 年前の大阪万博を、最新の 3DCG 技術と立体音響によって ” 体験 “させるプロジェクトだ。来場者を1970 年の万博会場へとタイムスリップさせ、当時の熱気と興奮を追体験させる。そこには、文化を次世代へ継承するための新しいアプローチが込められていた。
「前回の万博を体験された方からは『懐かしい』という声をたくさんいただきました。一方で、初めての方は、当時どういうふうに建物が並んでいたのかを知らなかったそうです」。㈱シムディレクトでプロデューサーを務める盛重友梨香さんは、来場者の反応をこう振り返る。「Back to EXPO’70」が目指したのは、写真や映像記録だけでは伝わらない、当時の「空気感」を体験として届けることだった。
3 月には、万博記念公園内で、ARを活用した没入型演劇として、来場者が実際に歩いて体感するアナログとデジタルが融合した体験型イベントを実施。そして今回は万博会場内で、デジタル技術の粋を集めた没入型映像体験として設計された。「どちらも『没入感』がコンセプト。9 月は映像技術と音響技術の力を借りて、1970 年万博の空気感を感じていただけたらと考えました」と盛重さんは説明する。
タイムスリップする10 分間
定員 50 人の展示室に、12 台のプロジェクターが壁 3 面と天井に映像を投影する。上映時間は約 10 分。映像は 2025 年の万博会場から始まり、徐々に時間を遡る。3 月のイベントで集めた来場者のメッセージが重なり、やがて1970 年へ。朝の開会式。太陽の塔がそびえ立ち、紙吹雪が舞う。色とりどりのパビリオンが視界いっぱいに広がる。日本館、企業館、各国館……110 を超えるパビリオンが、当時の配置のまま再現されている。人々がパビリオンをめぐり、夕方のパレード、そして花火。10分間の旅を終えて、2025 年に戻ってくる。

体験は俯瞰視点からスタート。「1970 年万博のパビリオンはすごく特徴的で、カラフルだったり、素材感が独特だったり、現代のLED やガラスを多用する建築とは明らかに異なる、時代性を感じさせるデザインが溢れる。全体像で見せることで、多彩なパビリオンが並んでいる様子を伝えた」と盛重さんは語る。
俯瞰の映像を実現するために、1970 年万博に出展された110 を超えるパビリオンを、すべて3DCG で再現した。

一つ一つのパビリオンについて、企業や国から使用許諾を取得し、当時の資料を調べ、色味や素材感を正確に再現し、当時の配置通りに3D 空間に配置する。見えない部分まで詳細に作り込んだ。建造物の3D データは残っていたが、「色味や素材感が違ったら台無し」と、盛重さんたちは当時の写真や映像記録を分析し、一つ一つのパビリオンを現代の技術で蘇らせていった。
ほとんどの人が気づかないところまで正確に再現するのは、「1970 年万博を体験された方が見て『ちょっと違うな』と感じると、興ざめしてしまう。満足感や再現度を上げるにはディテールが大切」と体験した世代への敬意を示す。詳細を調べ、細部にこだわった制作のなかで、思いや知識が増え、さらに作品のクオリティを向上させる相乗効果があった。この映像は2 日間の限定上映、一人が見るのは一度きり。それでも妥協はしなかった。
制約を武器に変えるオペレーション技術
万博会場内の展示室は、普段はセミナーに使われる普通の部屋だ。天井はそれほど高くなく、決して広くない。その制約の中で、シムディレクトは没入感を作り出した。

12 台のプロジェクターは、壁3 面に前後左右で各2 台ずつ、天井に6 台という配置で、すべて床に設置された。通常は天井から吊るすが、壁と天井の繋がりを保つために床置きを選択した。天井が低いため、プロジェクターと投影面の距離が近く、わずかな角度のずれが大きな歪みを生む。1 台ずつ位置や角度を微調整する緻密な作業が求められた。
さらに立体音響システムを導入。複数のスピーカーを部屋の形状に合わせて配置し、開会式の賑やかさ、パビリオンエリアの人々のざわめき、パレードの音楽など、当時の空気感を音でも再現した。来場者を包み込む音場が、映像と一体となって没入感を生み出す。
制作段階では、壁3 面と天井を展開図のように一つの映像として作成し、それを各プロジェクター用に分割。現場で1 台ずつ調整していく。制約は、創意工夫を引き出す。限られた条件の中で最大の効果を生み出すこと。そこに、プロフェッショナルの真価がある。
「空気感みたいなものを伝えられたらと思います。文字や写真の資料、記録映像だけだと、どうしても人の熱気とかその場の空気が伝わらない。そういうものを感じないと、体感できないし、記憶に残らない。そこで当時の世界観に入り込める、没入する体験を」と盛重さんは考えたという。

「Back to EXPO’70」は、文化継承の新しい形を示した。過去を記録として保存するだけでなく、体験として現在に蘇らせる。デジタル技術は、タイムマシンになり得る。体験した世代は懐かしさに浸り、知らない世代は新しい発見に驚いた。世代を超えて、1970 年の記憶が2025 年に受け継がれていく。
これから大阪・関西万博のレガシーをどう残すかという議論がはじまる。その時、この手法は一つのモデルケースとなるはずだ。文化継承は、過去から未来へと続く、終わりのないリレーだ。シムディレクトは、映像演出という手段で、バトンを次の世代へつなぐ。












