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桜井 悌司

桜井 悌司

桜井悌司 1945年生まれ、1967年、ジェトロ入会、セビリャ万国博覧会課課長、  投資交流部次長、展示事業部長、監事。海外駐在は、スペイン、メキシコ、チリ、イタリア、ブラジル。2008年~2015年 関西外国語大学教授、2015年7月~2016年8月、日本展示会協会事務局長、現在ラテンアメリカ協会常務理事等。

国際見本市事始め – 寄稿 桜井悌司 氏

国際見本市事始め – 寄稿 桜井悌司 氏 »

9 7月, 2019

写真提供;東京ビッグサイト

国際見本市事始め

見本市というと、英語では、「フェア」、ドイツ語では、「メッセ」、フランス語では、「フォア」、イタリア語では、「フィエラ」、スペイン語では、「フェリア」と言います。

すべて「市」という意味から来ています。

そう言えば、日本でも、四日市、八日市、十日市などの名前が残っています。

政府主導で行った大規模展示会としては、明治政府がロンドンやパリ等で開催された万国博覧会に習って、国威発揚、技術紹介のために繰り返し行われた勧業博覧会があげられます。

「日本の展示会・見本市の簡単な歴史」

しかし、今日、私たちが考えるような近代的な展示会・見本市が日本で始まったのは、1950年代の前半と言えます。

ざっとどんな見本市が立ち上げられたのかを年次別に見てみましょう。

開催年           見本市・展示名 1949年 事務の機械展(後のビジネスショー) 1952年 全日本オーデイオ・フェア 1954年 日本国際見本市(大阪) ‘                     全日本自動車ショー(現東京モーターショー) 1956年 日本冷凍空調工業展(後に HVAC & RJAPAN に改称) 1960年 東京金物連合大見本市(後に東京金物グランドフェアに改称) メンテナンスショー 1961年 ジャパンウエルデイングショー(現国際ウエルデイングショー) 1962年 日本国際工作機械見本市(大阪) ‘                     東京ボートショー(その後東京国際ボートショーに改称) ‘                     運搬と荷役機械展(後に運搬包装機械展に改称) ‘                     日本電子工業展(後にエレクトロニクスショーと改称) 1964年 日本国際工作機械見本市(東京) ‘                     日本包装機械展(ジャパンパック)(後に日本国際包装機械展に改称) 1965年 1966年 東京国際グッドリビングショー 1968年 コインマシン・ショー(後にアミューズメント・ショーに改称)

まさに官民挙げての輸出振興の時代でした。

日本を代表する錚々たる産業の見本市で、伸び行く日本を象徴するイベントだったと言えます。

「大阪国際見本市」と「東京見本市」について

1954年4月には、大阪で「第1回日本国際見本市(大阪)」が開催されました。

これは、全業種をカバーする総合見本市(一般見本市)でした。翌1955年5月には、「第1回日本国際見本市(東京)」が開催されました。1960年からは、東京と大阪で交互に開催されるようになり、名称も「東京国際見本市」、「大阪国際見本市」となりました。

東京国際見本市は、第21回が行われた1995年で幕を閉じました。大阪国際見本市は、2002年の第25回で終了しました。もはや総合見本市の時代は終了したのです。

業種を特定する専門見本市も徐々に開催されるようになりました。

1962年には大阪で、「第1回国際工作機械見本市」が開催され、1964年には、東京でも同見本市が開催されました。大阪国際繊維機械ショーは、1976年に大阪で誕生しました。

現在では見本市都市としては、東京が圧倒的に優位に立っていますが、大阪は見本市発祥の地であったことを忘れるべきではありません。