
【新人警備員の一日】現場研修に帯同して見えてきた、警備という仕事のリアル
警備員の1日とはどのようなものか。その実態を探るため、株式会社JSSの新人研修に密着取材した。6月某日、東京ビッグサイト東展示棟。この日は新卒学生向けの合同就職フェアが開催され、指導役を務めるイベント警備事業部次長の佐藤範弘さんのもと、営業支援室の岩沢璃寧さんが現場研修に臨んでいた。
キャディから警備の世界へ
岩沢さんがJSSに入社したきっかけは、少し意外なところにある。もともとはゴルフ場でキャディとして働いていた岩沢さん。JSS会長の倭文浩樹さんと顔なじみになるうちに、倭文会長は岩沢さんの将来について「まだ若いんだから、いろんな世界を経験してみたらどうか」。目の前の仕事を否定するのではなく、この先の可能性を広げてみてはという、先を見据えたアドバイスだった。
そこで岩沢さんが選んだのが英語の勉強だ。学ぶうちに、実際に英語を話してみたいという思いが強くなり、「留学するならフィリピンが安くていい」と、フィリピン留学を決意する。キャディを辞める報告を倭文会長にした際、次の進路がまだ決まっていないと伝えると、「うちにおいで」と誘われたのが入社の決め手になった。
秘書や本社での営業支援が主な業務だが、JSSが警備会社であることから、警備業務にも関わることになった。秘書にしろ警備にしろ経験がない仕事。「私では多分務まらないと思った」と岩沢さんは振り返るが、「やってみて無理だったらいい、とりあえずやってみよう」という前向きな気持ちで、未経験の世界へ飛び込むことを決めた。
現在の業務は本社での秘書業務が中心だ。月曜から金曜、会長の指示うけたりスケジュール管理を担当する。並行して、警備に関する各種協会や定例会の仕組みを本社の先輩に教わりながら学び、交通警備の資格をすでに取得済み。次は施設警備の資格取得に向けて勉強を進めている段階だという。国や警察が関わる仕事も扱うため覚えることは多いが、そのぶん現場を知ることの大切さも実感しているという。今回のような現場研修も、その学びの一環として組まれたものだ。
ベルトは逆巻き、笛はロープでくくりつける
東京ビッグサイトの現場での研修はまず装備の着け方から始まった。岩沢さんが普通にベルトを締めると「向きが逆だね」と教育係の佐藤さんから指摘があった。警備員が身につけるデューティーベルトは、「左腰にトランシーバーなどを装着するので、右利きの人がすぐに取れるよう、左にフックがくるようにする。ベルトの向きも逆につける方が便利だという。」侍が刀を左側にさずのと同じだ。佐藤さんが手元を確認しながら、一つひとつ直していく。正解が一つに決まっているわけではなく、利き手や体格によって微妙に変わってくるというのも、実際にやってみないと分からない発見だった。
もう一つ、新人がつまずきやすいのが誘導用の笛だ。慣れないうちは紐でぶら下げたまま歩いてしまうことも珍しくないという。とっさに使いたいときに手元にない、あるいは動くたびにぶらぶらと揺れて邪魔になる、といった小さな不便が積み重なると、現場での判断の速さにも影響してくる。小さな装備一つとっても、正しい位置に、正しい向きで身につけることが、現場での動きやすさに直結する。地味だが見過ごせない基本動作である。
「一番最初に来て一番最後まで」

装備を整えたあとは、佐藤さんによる当日の全体説明が行われた。会場は複数のホールにまたがり、開催時間や搬入・搬出のタイミング、来場者の受付動線までが細かく共有されていく。同じ建物内でも、学生向けのゾーンと、専攻分野によって分けられたもう一方のゾーンとでは受付の場所も異なり、混同しないよう注意が促された。同じ主催者による同時開催のイベントでも、時間帯によって受付の位置がホール内からホール前へ切り替わるなど、細かな変更点も少なくない。こうした変更を隊員全員が同じ理解で共有できているかどうかが、当日の混乱を防ぐ分かれ目になる。
バスでの来場者への対応も今回の見どころの一つで、地方から到着するシャトルバスをどう誘導し、どこに停車させるかまで具体的な指示が飛ぶ。トラックヤードにバスを停める際は斜めに停車させるなど、限られたスペースを効率よく使うための細かな取り決めもある。搬入・搬出のタイミングも時間帯ごとに厳密に区切られており、開催中の大きな動きが少ない時間帯であっても、終了後の搬出や翌日以降の次のイベントの搬入予定まで見据えて注意を払う必要があるという。
警備の配置そのものは、開催時刻よりもずっと早く始まっている。会場の扉が開く前の搬入対応やスタッフの入場対応があるため、実際の配置は開場の数時間前から。「一番最初に来て一番最後まで」。佐藤さんはこう説明する。ポストによっては夜勤からそのまま継続し、会場を借りてから返却するまでずっと現場にいることもあるという。スタッフより先に会場入りすることで、不審な人物が紛れ込むのを防ぐ役割も担っている。
搬入用の許可証についても、有効な時間帯があらかじめ決められており、時間外に無理に通そうとする関係者への対応も想定しておく必要がある。どのケースにどの時間帯の権限が付与されているかを把握していなければ、通していいのか止めるべきなのか、その場での判断がつかない。地味な反復練習の連続だが、こうした基本の積み重ねがスムーズな入場管理を支えている。
シフトには「待機回し」「休憩回し」という考え方がある。会場自体は休めないため、交代要員を配置して隊員の休憩時間を確保する仕組みだ。目安として2つのポストに対して交代要員1人という配置が多いが、これは絶対的なものではなく、主催者との契約内容によって増減するとのこと。人手を厚めに求められる現場もあれば、逆にぎりぎりの人数での運営を求められる現場もあり、そのつどイベントの規模や性質に合わせて調整しているという。
名称を覚えなければ現場は動けない

意外に思われるかもしれないが、警備の現場でもっとも基本的でありながら軽視できないのが「呼称」だという。東京ビッグサイトでは、ホールとホールの間の通路を「ガレリア」、7・8ホールの間のガラス扉を境にした区画を「リンクスペース」と呼ぶ。ひとくちに「ガレリア」といっても、1階部分と2階部分ではまた意味合いが異なり、初めて聞いた人間には見当がつきにくい。一方で会場が異なれば呼び方もまるで違う。たとえば幕張メッセでは、同じような通路部分を一括して「中央モール」と呼ぶ。会場ごとに「中央モールに来て」「ガレリアに来て」「リンクスペースに来て」と指示の言葉自体が変わるため、複数会場を掛け持ちする隊員ほど混乱しやすい。無線で「〇〇シャッターを開けて」と言われたとき、その場所がどこを指すのかを即座に理解できなければ、対応に時間がかかり現場全体の流れを止めてしまう。「方向音痴な人には難しい」と佐藤さんも笑うが、名称の把握は警備員にとって地理感覚そのものを鍛える基礎訓練なのだ。
マニュアルだけでは腹落ちしない
新人にまず求められるのは、事前にマニュアルへ目を通しておくことだという。もっとも、マニュアルを読んだだけで現場の勘所がつかめるわけではない。「やって経験していくしかない」と佐藤さんは語る。無線越しに飛び交うイレギュラーな問い合わせに、とっさに正しい判断で応じられるようになるには、実地の積み重ねが欠かせないというのが佐藤さんの持論だ。マニュアルに書かれていることの意味が本当に腹落ちするのは、実際に似た場面へ何度も立ち会ったあとだという。
現場では、ベテラン隊員から社員が学ぶ場面も多い。現場の細部を一番よく知っているのは、日々その持ち場に立っている隊員たちであり、会社の全体像や制度面に詳しいのは社員という、それぞれの得意分野がある。その一方で、隊員が独自のやり方に固まってしまっている場合には、社員側から「それは会社のルールとは違う」と指摘して軌道修正する役割も求められる。長年その現場に立ち続けているベテランほど、自分なりのやり方が身についてしまっていることもあり、そこにずれがあれば正していかなければならない。技術だけでなく、こうした立ち回り方こそが社員に求められる資質だという。
休憩時間の管理も、実は現場の空気を左右する重要な仕事だ。時間通りに交代が回らないと、隊員同士のちょっとした不満が積み重なり、揉め事に発展することもあるという。社員がチームリーダーとして時間をきっちり管理することが、現場の雰囲気を保つ鍵になっている。指導のやり方は人によって多少異なってよいが、最終的にはJSSとしてのルールをきちんと守れているかどうかが判断の基準になる、と佐藤さんは付け加える。
風という見えない敵
取材当日、佐藤さんが特に警戒していたのが「風」だった。「動かせるものは動かす、倒せるものは倒す」。強風が予想される日は、屋外に設置されたカラーコーンや、コーンとコーンをつなぐコーンバーなど、飛散する恐れのあるものをあらかじめ点検して回る。上に何も乗っていないコーンは倒れやすいため重しを乗せる、必要のないバーは外しておく、といった対応だ。イベントの種類によっては縦看板のような大きなサインが屋外に設置されることもあり、そうしたものも風の当たらない場所に移動できないか、主催者に相談しながら進めていく。
「これを動かしていいですか」「重しを減らせませんか」といった確認は、いずれも主催者側との了解を得たうえで進める必要があり、警備側の一存で勝手に動かすわけにはいかない。事前に危険箇所を洗い出し、当日の天候の変化に応じて優先順位をつけながら対応していく、地味だが事故を未然に防ぐための欠かせない確認作業である。
防衛力より、気配りと調整力
警備の現場では、主催者や他のスタッフからの依頼が次々に飛び込んでくる。「警戒を少し増やしてほしい」「気になる人がいたら教えてほしい」といった依頼を受けつつ、現場の状況を無線で共有し、必要であれば主催者側に報告する。二系統の無線をつなぐ役回りをこなしながら、電話対応も並行して発生するため、現場は常に慌ただしい。「ここの人の流れを調整したいんだけど」と主催者側から確認が入れば、最適な対処法を考え現場に指示。その後も、状況を確認・報告する。こうしたやり取りが同時多発的に発生するのが、現場を統括する社員の日常だ。
もっとも、こうした対応の多くは車両の駐車ルールや動線の確保といった地道な調整であり、「JSSに入ったからといって格闘技を覚えなければいけないわけではない」というのが佐藤さんの言葉だ。ニュースになるような事態はごく稀であり、日々の警備業務の大半は、こうした細やかな気配りと段取りの積み重ねでできている。派手なトラブル対応よりも、トラブルの芽を早めに摘み、大きな出来事にしないことこそが警備の本質だという姿勢が、佐藤さんの言葉の端々ににじんでいた。

他社警備との貸し借りにも表れる信頼関係
大規模なイベントになるほど、会場全体を1社だけで警備することは少ない。ホールごと、あるいはエリアごとに複数の警備会社が同時に入り、それぞれの持ち場を分担しながら1つのイベントを支えているのが実情だ。この日も、別のエリアを担当する他の警備会社から、誘導用の資機材を貸してほしいという依頼が現場に入っていた。「前回もお貸ししているので、普通にお貸しします」。佐藤さんは特に慌てる様子もなく、淡々と対応していく。同じ会場で顔を合わせる機会が重なるからこそ積み上がる、会社の垣根を越えた顔の見える関係性だ。
自社の担当エリアさえ守れていればよい、という発想では現場は回らない。搬入車両の誘導ひとつをとっても、隣接するエリアを担当する別会社との連携がずれれば、会場全体の動線に影響が出てしまう。派手な出来事として語られることはまずないが、こうした資機材の貸し借りや情報のやり取りの積み重ねが、複数社が入り乱れる大規模イベントを事故なく回すための土台になっている。
現場で学んだ一日
秘書業務のかたわら、警備の資格取得と現場経験を重ねる岩沢さん。この日の研修でも、装備の着け方から会場の呼称、休憩時間の調整、他社との連携まで、教科書だけでは得られない実感を一つひとつ積み上げていた。警備という仕事は、目立たない基本動作の正確さと、現場で起こる小さな変化への対応力、そして関わる人々との地道な信頼関係の積み重ねによって支えられている。その積み重ねの先に、来場者が気づかないところで安全を守り続ける警備員の一日がある。













